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最高裁判所第二小法廷 昭和28年(オ)1015号 判決 1955年6月24日

主文

本件上告を棄却する。

上告費用は上告人の負担とする。

理由

論旨第一点について。

論旨第一点中憲法一三条、一四条の違反をいう部分は、結局、被上告人が昭和二三年度産米の供出個人割当通知について上告人を差別的に取り扱つたことは右規定の精神に照らし違法な権限行使と認むべきものであるというに帰する。また憲法二九条の違反をいう部分は、右割当通知が違法であることを前提として、違法な処分により個人の財産に不利益を課することが同条に違反するというに帰する。

しかし、本件供出個人割当通知が行われた当時における法令(食糧管理法三条、同法施行規則一条、三条、昭和二三年農林省令一一五号附則二項)によれば、供出割当の方法については、「市町村長が、知事の指示に従い、食糧調整委員会の議決を経て、供出割当数量を定め、遅滞なくこれを生産者に通知する」との趣旨の定めがあるにとどまり、その方法として、いわゆる事前割当の方法(生産開始前に予め部落内の生産者相互の協議を経て割当額を決定通知する方法)によるべきかどうか、また割当通知の時期を何時とすべきか等については、何等具体的な定めがなかつたことは明らかである。従つて、これらの点についてどのような措置をとるかは、一応、行政庁の裁量に任されていたものと解さざるを得ない。もつとも、かような場合においても、行政庁は、何等いわれがなく特定の個人を差別的に取り扱いこれに不利益を及ぼす自由を有するものではなく、この意味においては、行政庁の裁量権には一定の限界があるものと解すべきである。しかし、原審の認定するところによれば、同じ部落内の上告人以外の生産者に対しては、事前割当の方法により昭和二三年五月一〇日頃に個人割当の通知が行われたに対し、上告人は、従来から供出に非協力であり、これにつき他の部落と協議することは不可能と思われる状況にあつたため、上告人に対しては、別に、食糧調整委員会の議決を経て、産米作付反別その他地力等につき所要の調査を遂げ、とくに上告人が本来の農家でないことも考慮してその負担を軽減し、同年十二月二四日に供出割当数量を通知したというのである。かような事情の下では、上告人が事前割当の手続に参加し協議に与る機会を失つたとしてもやむを得ないところであり、また上告人については個別的に生産の状況を調査するため上記の程度において割当通知が遅延したとしても、強いてこれをとがめ得ない事情にあつたものといわねばならない。しかも、供出割当の制度は、結局において、生産の実情に応じて供出義務を負担させることにあるものと解すべきであるが、原審の認定するところによれば、同年度における上告人の実際の収穫量は、右の割当数量を供出するに十分余裕のある状況にあつたというのであるから、前記の措置により上告人が特別に不利益を被つたものとは認められない。以上のような事情を綜合して考えれば、被上告人が供出割当について上告人を前記の程度において区別して取り扱つたとしても、これをもつていわれのない差別取扱による違法処分というには当らず、また右措置が上告人に対する人格蔑視に基く違法処分であるということもできないものといわねばならない。それ故、憲法一三条、一四条の精神を援用して本件供出割当通知を違法処分と解すべきものとする論旨は採用するに足りず、右割当通知が違法であることを前提とする憲法二九条違反の論旨は、前提を欠くものとして採用し得ない。

論旨第一点中その余の論旨は、昭和二三年五月一〇日頃同じ部落の生産者中上告人を除くその他の生産者に事前割当の方法により供出個人割当の通知をした行為が、上告人に対する関係では同人に供出義務がないことを確定する効力をもつ行政処分であることを前提としてこれを取り消すことが違法である旨を主張するものと解される。

しかし、上告人以外の生産者に対する供出個人割当の通知は、右通知を受けた生産者に対し供出義務を生ぜしめるにとどまり、当時通知を受けなかつた上告人に対する関係で、同人に供出義務がないことを確定する効力を有するものでないことは明らかであるから、この点に関する論旨は、採るに足りない。

論旨第二点について。

論旨は、証人として尋問すべき者を職権により当事者として尋問したという違法は、責問権の放棄により治ゆされるものではない旨を主張するものである。

しかし、職権による証人尋問の許される行政事件訴訟においては(行政事件訴訟特例法九条)、右の違法は、ひつきよう証拠調の方式に関する違法にほかならないから、被尋問者がこれを拒まず、当事者が異議を述べなかつた以上、この違法は責問権の放棄により治ゆされたものと解するのが相当である。この点に関する原審の判断は正当であつて、論旨は理由がない。

以上のほかの論旨は、すべて「最高裁判所における民事上告事件の審判の特例に関する法律」(昭和二五年五月四日法律一三八号)一号乃至三号のいずれにも該当せず、又同法にいわゆる「法令の解釈に関する重要な主張を含む」ものと認められない。

よつて、民訴四〇一条、九五条、八九条に従い、裁判官全員の一致で、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 栗山茂 裁判官 藤田八郎 裁判官 谷村唯一郎 裁判官 池田克)

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